所謂傍流的人生の覚書

某大学院法学研究科博士後期課程に在籍している者です。主に駄文です。

所感。

今回は「やりたい事」について書いてみます。

よく同年代(特に大学の同期)から「お前はいいよな、やりたい事があって」みたいな事を言われます。

 

 毎回この言葉を聞くと、前までは受け流してたんですが、最近やたら多く聞くので反論をしたいと思ってました。しかし、お酒の席で反論すると雰囲気が悪くなりそうので心に留めておき…

 確かに、好きな法学をみっちり勉強できる様な今の環境はとても良いです。研究していて辛い時の方が多いですが(本当に辛い…)、それでもやりたいと思えます。

 毎回この「やりたい事をやれて羨ましい」という言葉を聞いて、真っ先に思うのは、「じゃあ、やればいいじゃん」って事です(ホリ○モンがよく言ってる)。

 

 そう多くはないかもしれませんが、皆さん「やりたい事」って絶対持っているはずです。しかし、それが非現実的であったり、リスクを考えて「やりたい事」が「やらない事」に単に変わっているだけだと思います。

 

 私も、博士前期課程(修士)を終えてから、目の前のリスクを考えて「民間就職」をしました。この時、博士後期課程(博士)に進んで大学教員になりたい、という「やりたい事」をリスクを考えて「やらない・やれない事」へと変えてしましました。

 その後、民間で働いている時に「このままでいいのか」といった気持ちがとても強くなり、会社を辞めて博士後期課程に進学しようと改めて決心しました。もちろん、仕事はとても有意義であり、貴重な経験をさせていただきました。

 会社を辞めて、もう一度受験する事はとてもリスクがありました。けれど、人生長い期間で考えると、仮に70年生きるとして、その1、2年を「やりたい事」の準備に使うのも悪くないな、っと思って自分を許していました(また、背中を押してくれた恩師にはとても感謝しています)。

 

 そうは思いつつも、よく感じるのですが「一歩踏み出す」ってとても大変なんですね。踏み出した先が深い沼のようなものだと感じると、益々踏み出せません。

 でも、案外底は浅いです(浅いはず…)。おそらく好きな事をしている時が一番楽しいんです。またそれに伴うリスクは、当然負うべきだとも思います。あくまで負える範囲で。

 

こんなわけで、まとまりのない文章を勢いで書いてしまった。

 

おやすみなさいませ。